戦争によって下半身不随となった夫のクリフォード・チャタレー卿との生活は、体の触れあいも心の結びっきもなく、冬景色に閉ざされた石造りのラグビー邸は、コンスタンスにとって息のつまる灰色の牢獄のようになっていた。
森で出会ったパーキンは、一見武骨な男だが、気高い心と孤独を抱えている点でコンスタンスと響きあい、2人の乾いた心と身体は互いを強く求めあうようになる。一方、クリフォードと森を散策しても、彼の偏狭な階級意識と鼻持ちならない自尊心があらわになるだけで、コンスタンスにとってパーキンとの身分差は何の障害にも感じられなくなっていく。
過去に女性によって深く傷つけられたパーキンは、コンスタンスほど屈託なく2人だけの世界に希望を抱くことがなかなかできないが、やがて彼女の愛の深さによって、未来の輝きを信じるようになる。森の中の木々の緑や草花や小動物たちが、2人にすべての鎧を脱ぎ捨てさせ、裸のままの男と女が人間同士として深く結びついていくのだ。
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第1次世界大戦直後の1921年、イギリス中部の村で、女と男が運命的に出会い、強烈に惹かれあう。准男爵クリフォード・チャタレー卿夫人のコンスタンスと、チャタレー卿の雇われ人である森の猟番パーキンは、それぞれに深い孤独を抱えていたが、春の目覚めとともに森の中でともに過ごす時間を重ねるうちに、2人はごく自然に愛しあうようになる。20世紀を代表する英国小説家の1人、D.H.ロレンスの代表作にして最後の小説『チャタレー夫人の恋人』は、その包み隠さぬ性愛表現のために英米両国でも裁判沙汰にまでなり、“スキャンダラスな小説"のイメージが横行してきた。
日本でも伊藤整訳『チャタレイ夫人の恋人』が、1950年に発売され、15万部のベストセラーとなったが、狼長文書頒布罪で発禁処分となり、翻訳者と出版社が起訴された。「狼長か芸術か」が流行語になるほど世間の注目を集め、法廷はさながら文壇対検察の構図といった光景を醸し出した。1957年3月13日、最高裁は翻訳者・出版社の上告を棄却して、有罪が確定。文学者等多数がこの判決を批判。狼長と表現の自由の関係が問われた一大事件であった。
そして、「チャタレー裁判」から50周年を迎える今年、小説はフランスの女流監督の手で21世紀にふさわしい新解釈を施され鮮やかに甦った。パスカル・フェラン監督が魅了されたのは、3つのヴァージョンがある『チャタレー夫人』の中でも、コンスタンスとパーキン2人の関係に焦点をあてた『チャタレー夫人の恋人一第2稿』(広く知られている『チャタレー夫人の恋人』は第3稿)。フェラン監督は彼らの激しい愛の静けさを、みずみずしい生命が輝く森と呼応させながら、美しく官能的に描き出していく。
アルノー・デプレシャン監督作品での共同脚本で注目され、監督デビュー作で1994年のカンヌ国際映画祭最優秀新人賞に輝いたパスカル・フエラン監督。日本でも公開された2作目の群像劇『a.b.c.の可能性』(95年)以後は長らく長編劇映画から遠ざかっていたが、本作で見事に復活。
この『レディ・チャタレー』は、今年2月に発表された第32回セザール賞で、作品賞、主演女優賞、脚色賞、撮影賞、衣装美術賞の5部門に輝く快挙を成し遂げた。コンスタンスを演じて主演女優賞を射止めたマリナ・ハンズは、これまでにドゥニ・アルカン監督の『みなさん、さようなら』(02年)などに出演経験があるものの、『レディ・チャタレー』ではセザール賞新人女優賞にもノミネート、これからの活躍に大きな期待がかかる注目の存在。
パーキンを演じたジャン=ルイ・クロックは、映画俳優としてはほとんど新人と呼べる存在だが、主演2人ともに、愛が強まっていくにつれて魅力を増していく、その変化を見事に表現している。他に、「カイェ・デュ。シネマ」誌が選ぶ2006年の最優秀作品に選出、2006年を代表する革新的な作品に与えられるルイ・デリュック賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
1975年生まれ。フランス人女優ルドゥミラ・ミカエルを母に、イギリス人舞台演出家/俳優のテリー・ハンズを父に持つ。95年に名門演劇学校のCours Florentに入学、その後、国立演劇学校に学ぶ。99年に舞台デビューを飾り、映画デビューはアンジェイ・ズラウスキー監督の『女写真家ソフィー』(00年)。その後、ドゥニ・アルカン監督の「みなさん、さようなら」(03年)などに出演。06年は、本作『レディ・チャタレー』の他にも、ギョーム・カネ監督が06年度モザール賞監督賞に輝いた「Ne le dis 21 personne」(原作小説の邦題は『唇を閉ざせ』)にも出演。06年度セザール賞では、主演女優賞と新人女優賞にノミネートされ、主演女優賞を獲得した。また、舞台でも活躍をつづけ、06年1月よりコメディ・フランセーズの準座員。
15歳でコックの見習いになり、数年レストラン業に身を置いた後、担架兵、小使い、断裁業、店員、舞台の小道具係など、さまざまな職業にっく。その後、演劇俳優の道を選び、いくつかの舞台を経て、95年にエマニュエル・キュオー監督の「Circuit Carole」映画デビュー。本作「レディ・チャタレー」は、クロックにとって初の大役になる。
1955年生まれ。映画デビューは73年、ヤニック・ペロ監督の『シャンの妻』。特に83年、シャン=リュック・ゴダール監督の『カルメンという名の女』に出演後、映画出演がコンスタントに続いている。これまでの主な出演作に、『フォート・サガン』(84年)、『愛と宿命の泉』(86年)、『愛さずにいられない』(88年)、『バルジョーでいこう!』(92年)、『哀しみのスパイ』(叫年)、『イヴォンヌの香り』(94年)、『キングス&クイーン』(04年)、『モディリアーニ〜真実の愛〜』(04年)など。
一なぜ『レディ・チャタレー』を映画化しようと思ったのですか?一見したところ映画化は難しそうに見えますが。
逆に私には、始まりは難しくありませんでした。この映画の前に『避雷針』という映画の企画があり、これが私にとっては困難な企画でした。それへの返答として、つまり多かれ少なかれ全く違うものとして、この『レディ・チャタレー』の企画を進めました。『避雷針』はSF映画で、恋愛映画で、背景も登場人物も多く、SFXも使用します。いずれにせよ現段階では予算が掛かりすぎるので、中止せねばなりませんでした。
1年位前、『避雷針』の中止後に『チャタレー夫人の恋人一第3稿』(以下、第3稿)を読みました。それから『チャタレー夫人の恋人一第2稿』(以下、第2稿)を発見し、この本にただちに魅了されました。実は『a.b.c.の可能性』と『避雷針』の間に、ピエール・トリヴィディックとしばらくシナリオを書こうとしていた時期があったのですが、そのシナリオが、『レディ・チャタレー』と同じような問題を扱っていたのです。ある男と女の閉ざされた関係を描き、彼らの愛の冒険が2人を変えて行きます。舞台はすべて室内で、2人には外の世界があり、彼らは外の気分を持ち帰ってきますが、外自体は見えません。内面と性的関係がその映画の中心問題でした。結局シナリオは書きあげるに至らず、企画も頓挫しました。でも第2稿を読んだ時、この古い企画に再会したのです。嬉しい再会でした。というのも私たちが失敗した部分でロレンスは成功を収めていたからです。特に2人の登場人物が真実を発見する内面的な場面は、私には書くのが困難でした。この本がこの企画に必要な距離を置くことを可能にしてくれたのです。私個人の人生から十分距離を置き、2人の人物の間に起こることがよく見えるようになったわけです。
一どうやって2人の俳優を選んだのでしょう?
考慮しなければならなかったのは一点、人物の体つきです。俳優の肉体がそれ自身で社会的な出自を表わしていることが決定的に重要でした。その問題が常にスクリーン上に現れていなければならないのですから。マリナ・ハンズはかなり前から非常に変った女優として目に留めていました。彼女はシナリオを書きながら念頭にあった女優の一人です。彼女に会ってみると、滅多にないことが起きたのです。いわゆる一目ぽれですね。私と彼女の間、彼女と企画の間に。コンスタンスを演じる女性と映画との間には完全な調和がなければなりません。これは過酷な仕事で、何カ月もの間、完全に役に入り込まねばなりません。何度か話し合いを持ってみて、彼女しかありえないと分りました。彼女には夢見がちなところがあり、同時に大胆さ、勇敢さ、途方もない作品を作りだいという意欲を持っています。パーキンについては、あまり知られていない俳優を探しました。と言うのも、コンスタンスの人生に彼が突然現れるのと同じように、スクリーンにも突然のように現れて欲しかったからです。パーキン役には、原始的で、大地のような肉体が必要でした。彼が映画に馴染んでゆくのには時間が掛かりました。彼は俳優になったのが遅く、舞台経験はありましたが、映画の体験はほとんど初めてで、そういう者にとってこの役はかなり難しいものです。しかし撮影が進むにつれ、彼は心を開いていったのです。まるでパーキンそのもののように。それはとても美しい光景でした。
一あなたの映画は、人が、実際に読んでいない人も含めて、原作に対して持っているスキャンダラスで価値転倒的なイメージからはずいぶん遠いものですね。
そうですね。でも原作自体、人が思っているような紋切り型からは遠いのです。ロレンスは今から80年前、20年代のピューリタンのイギリスに抗して、性をあるべき場所に戻すためにこの作品を書いたのです。つまり、話してはならない、隠しておくべき恥ずかしいものとしてではなく、恋愛関係の不可欠な一部をなすものとして。彼は恋人たちの肉体的な愛の場面を仔細に描き、それゆえにこの本は卑狼だと攻撃されました。そして今日、この本のそうした部分、つまり価値転倒性、スキャンダルだけが残ったのです。しかし80年後、私たちはもはやそんな地点は通り越しています。20世紀は精神分析を経過しました。性はもはや恥ずべきことではなく、いたるところでやたらに売られています。思うに、今日最も体制順応的なヴァージョンは、紋切り型のイメージをそのまま映画化することでしょう。つまり貴族と森の猟番のセックスの話として。しかし面白いことに、私自身もこの作品を映画化しようと思ったときに私自身の時代に抗して映画を作ろうと思っていたのです。今日映画において欲望を描こうとする際に「公認された」2つのやり方に抗して、です。一方では、さっさとすませること。つまり、今や古びて時代遅れなやりかたですが、2人の人物がベッドに行くと、トーンがからっと変って、音楽が流れ、オーヴァーラップで省略される。他方、欲望の「モダンな」描き方、セックスの実際を、一切の愛情や登場人物の考えとは切り離して、要するに獣的な欲動を描くこと。後者の多くの場合、語るのは肉体だけになってしまいます。肉体は言葉に反するわけです。そして欲望は、他の部分とはもう何ら関係のない人間の表現媒体の1つに過ぎなくなってしまうのです。
一でも冒頭ではコンスタンスとパーキンとの間には欲望の関係がありますね。彼女が初めて彼を見るとき、彼女が注目するのは彼の肉体です。
いえ、分って欲しいのは、私は欲望に反対しているわけではないということです。世界を動かしているのは欲望だとすら考えています。しかし私が反対なのはそれだけで存在する欲動です。というのも私にとってそれは真理に反していますから。ロレンスにおいては、欲望が最も単純な表現に切り詰められているように見える時でも、そこに込められているのは別のものなのです。コンスタンスが裸で体を拭くパーキンを見る最初の場面でも、それは単なる性的欲動ではなく、コンスタンスにとっての美的衝撃ですらありません。それは肉体などもはやないと思っていたこの世界にまだ肉体が存在するという発見の衝撃であり、同時に模倣の欲望でもあるのです。彼女はこの肉体になりたいと望む。森に包まれて、幸福な孤独の中にある肉体に。欲望はだから、単純な欲動に限定されるものではないのです。
ロレンスの本の美しさ、深い現代性は、肉体が第1だと考えることにあります。社会的コード、人を封じ込めるアイデンティティに抗する肉体。しかしロレンスは肉体が、その人の思考や感情に対抗するものだとは考えていません。その後パーキンが戸口で眠るコンスタンスを見るとき、彼はただ女主人を、欲望の対象を見ているだけではなく、彼と同じように孤独な1人の若い女性を見ているのです。というのもこの物語は、めぐり合う2つの孤独のごく単純な物語でもあるからです。アイデンティティに閉じ込められた2つの孤独。彼女のほうは妻で貴族というアイデンティティ、彼のほうはその時代における男性であり、召使いというアイデンティティ。彼らの愛の過程はすべて、この、人を封じ込めるアイデンティティを脱ぎ捨て、自由と行動力、喜びを享受する能力を再び与えてくれる共通の場所を創造することなのです。
一自然と季節がコンスタンスの感覚の目覚めに寄り添っています。自然がコンスタンスに影響を与えているのでしょうか、その逆なのでしょうか。
この本の中の、物語と季節の関係がとても好きなのです。それは真正面な、というか、ナイーヴな関係です。秋は憂影、冬は抑うつ、春には感覚が目覚め、それは愛の絶頂へと高まってゆくのですが、それが夏に対応します。先ずは自然がコンスタンスの変貌に寄り添っていると言えるでしょう。季節が過ぎ、風景の見た目を変えて行き、植生のサイクルが私たちの目の前で移り変わってゆくのですが、その変化はコンスタンスの内的風景、心の気象とほとんど等号で結ばれています。初めは自然がコンスタンスの気分に影響し、感染していると思うのですが、段々、コンスタンスが森の領土を自分のものにしてゆくにつれ、どっちが最初だったのか分らなくなってゆくのです。自然の方が、彼女の心の風景の反映にすぎないのでは? どっちが最初なのか分らない。しかし起源が分らないというのはとてつもなく喜ばしいことなのです。恋愛関係において、2人が響きあっているとき、きっかけが何だったのか分らないように。
1955年生まれ。映画デビューはア3年、ヤニック・ペロ監督の『シャンの妻』。特に83年、シャン=リュック・ゴダール監督の『カルメンという名の女』に出演後、映画出演がコンスタントに続いている。これまでの主な出演作に、『フォート・サガン』(84年)、『愛と宿命の泉』(86年)、『愛さずにいられない』(88年)、『バルジョーでいこう!』(92年)、『哀しみのスパイ』(叫年)、『イヴォンヌの香り』(94年)、『キングス&クイーン』(04年)、『モディリアーニ〜真実の愛〜』(04年)など。
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