
誰もが忙しく立ち働く12月30日。小さな町を揺るがすその“大事件”は、1本の電話から始まった。「はい、みたま文化会館です。ええ、コンサートご予約の確認ですね。『みたま町コーラスガールズ』さん、明日の夜7時から……大丈夫ですよ、お待ちしてます」調子よく応えているのは、文化会館の主任。しかしその直後には、まったく大丈夫じゃなかったことが発覚する!「みたま町コーラスガールズ」と「みたまレディースコーラス」。よく似たグループ名を取り違えたこのダメ主任、コトもあろうに、大晦日の会場をダブルブッキングするという大失態をやらかしてしまったのだ。
セレブな本格派のレディースが「うちの合唱団にとって明日は創立20周年の記念コンサート。今さら変更なんてありえません」と言えば、結成間もない庶民派のガールズも「うちだって明日を楽しみに、家事やパートの都合を何とか合わせながらがんばってきたんです」と、一歩も譲らない。安定の上にあぐらをかき、仕事も家庭もその場しのぎでこなしてきた主任は、合唱にかける彼女らの情熱を前に右往左往するばかり。さらには夫婦間の危機から、飲み屋のお勘定まで、日頃のツケが一気に回ってきて…。大晦日に起きた一大ハプニング。はたして主任の運命は?懸命に練習してきだママさん”たちの歌声は?
忘れかけていた真心を歌への想いにのせて贈る、ハートウォーミングな音楽喜劇−『歓喜の歌』の誕生だ。
原作は「今もっともチケットが取れない落語家」として知られる立川志の輔の、同名新作落語。現代の市井を生きる人びとの喜怒哀楽を、絶妙の観察眼ですくいとった数々の“志の輔らくご”の中でも、とりわけ名作中の名作としてファンに語り継がれている作品だ。老若男女、日本人なら誰でも共感できる身近なテーマを盛り込みながらも、どこかに必ず「日常を生きる人の品格」も描かれているのが志の輔らくごの魅力。ここ数年、映画やドラマの世界でも「落語ブーム」が言われているが、
日本人の機微を描ききった「新作落語の世界観」自体を映像化する試みは今回が初めてだと言える。 製作は、大ヒットした『フラガール』や『パッチギ!』シリーズなどで、やはり懸命に生きている日本人の肖像を描いてきたシネカノン。昔から志の輔らくごのファンで、この「当代随一のストーリーテラー」の作品世界をいつか映像化したいと企画を温めてきた李鳳宇代表が、本作品のエグゼクティブプロデューサーを務めている。監督は『さよなら、クロ』(03年/シネカノン製作)などの作品で知られ、最新作『東京タワーオカンとボクと、時々、オトン』(Oフ年)が大ヒットした松岡錠司。繊細な人物描写と安定したストーリー運びに加えて、洗練された笑いの感覚を発揮して新しい境地を示した。ニッコリ笑えてホロリと泣ける音楽喜劇−そのツボとも言える劇中の映画音楽は、若き第一人者の岩代太郎が担当。躍動感溢れるスコアは映画のテーマである「共に歌う愉しみ」を表現して見事だ。そしてエンディングテーマは、クレイジーケンバンドが本作のため再録音した名曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」。人を愛する歓びをストレートに綴った故・阿久悠氏による“人間賛歌”の歌詞もまた、本作のメッセージを鮮やかに代弁するものと言っていいだろう。
優柔不断で事なかれ主義、ちょっと姑息な主人公・飯塚主任を魅力たっぷりに演じるのは、圧倒的な演技力で映画ファンから高い支持を得ている名優・小林薫。最近、映画版『東京タワー〜』のオトン役の快演で、松岡監督と息の合ったところを見せたばかりだ。今回の撮影では監督も絶賛のオカシミを発揮。しかも、小役人として投げやりに生きていた男が次第に人生の大切な何かを見出していく過程を、しっかり表現しきっている。
その飯塚主任のイイ加減な生き方を、持ち前の明るさで動かしていく「みたま町コーラスガールズ」のリーダー・五十嵐純子役は、『大河の一滴』(01年)から6年ぶりのスクリーン復帰となる安田成美。多忙な毎日に追われながらも、仲間と歌う喜びを決して諦めない凛とした主婦の姿を演じている。
さらに主任の妻・さえ子役を浅田美代子、実直な部下・加藤青年役を伊藤淳史がそれぞれ熱演。そのほか光石研、でんでん、笹野高史、塩見三省、筒井道隆などシネカノン作品でおなじみの実力派たちもしっかり脇を固めている。原作者・立川志の輔と、立川一門の長である立川談志師匠の“師弟”出演も見どころのひとつだろう。
ママさんコーラスのゴージャスな顔ぶれも見逃せない。ライバルの「みたまレディースコーラス」を率いるリーダー・松尾みすず役には、“日本のうだを継承してきた第一人者・由紀さおりをキャスティング。有力メンバー役の片桐はいり、峯村リエ(ナイロン100℃)も存在感を示している。対する「コーラスガールズ」メンバーには、藤田弓子や根岸季衣などの実力派に加え、平渾由美(舞台『ミス・サイゴン』のジジ役)や猫背椿(劇団・大人計画)、江本純子(劇団・毛皮族)などの個性派女優たちが参加。猛特訓の成果を見せてくれる。総勢70人近い本物の“ママさん”たちが参加しているのも大きな話題だ。
全国津々浦々の「官」と接した経験から
新作落語『歓喜の歌』は思いつきました
『歓喜の歌』という新作落語は、自分の経験をもとに書き下ろしたものなんです。もちろんダブルブッキングをやらかしたとか、そういうことじゃなくてね(笑)。私の場合、北は北海道から南は沖縄まで、落語会でいろんな市町村を回るでしょう。その半分くらいが市民会館や公民館のような行政施設−いわゆる「官」が運営する場所なんですよ。そうするともう、実にさまざまな対応を目にするわけです。一方には手作りでもいいから住民の方々に喜んでもらおうと一生懸命な主催者がいる。そういう場所では楽屋にもきっと誰かが顔を出してくださるし、ときには終演後「いまロビーでお客さまを送り出してきました、皆さん本当にいい顔で帰ってくださいました」なんて言ってくれたりする。涙が出そうになります。かと思うと、最初から最後までまったく顔の見えない主催者もある。館長はおろか職員すら姿を現さず、帰りの電車の中で「ところで今日の仕事、どこの町だっけ?」なんてね(笑)。しかも面白いのは、主催者の「官」に思い入れのある落語会とそうでない会とでは、客席の空気までまるで違う気がするんですな。そういう経験を重ねるうちに、この落差をネタにできないかなと思った。それがきっかけです。
自分の中にも、あの主任さんはいる、単純な「官民対立」の話ではないんです
ただ、落語にする場合、やっぱり心底イヤな人間は出せないんですね。ある種の可愛いげというか、どこかで人間味のあるキャラクターにしてやりたい。じゃあ、悪い人間じゃないけど「思い」が足りない人は一体どんなミスをするだろうー。そう考えてるうちに、ふとダブルブッキングというアイデアが浮かんできました。ママさんコーラスとか年末の「第九コンサート」みたいな設定は、その後、ごく自然に生まれてきた感じでしたね。別の言い方をすると、私の新作落語に出てくる登場人物は、ぜーんぶ私なんですよ。つまりあの主任さんは自分の中にもいる(笑)。人の想いを目の前にして「そんなのどうだっていいよ、面倒くさい」と思う神経と、「いや、それは大切にせにゃいかん」と思う神経。どっちも必ず存在してるんですね。だからこそ、前者が際立った他人を見ると、我がことのように腹が立つし。逆に落語にする場合は、ちょっぴり擁護してあげようという気になるんでしょうね。その意味では、主演の小林薫さんが記者会見で仰ってた言葉。これは凄いなと思いました。たしかにの主任は、加害者なのにすぐ被害者になっちゃう人。そういう人間誰もが持ってる気持ちをどう面白く演じるかに苦労した」という意味のことを言っておられて。実は、私の頭の中にある主任像もまさにそうなんですよ。加害者なのに、被害者みたいな顔をしてモノを言うやつ。何の疑問も持たずに「えぇ、オレが何したって言うのよ?」と言えちゃうーそういう人っているじゃないですか(笑)。『歓喜の歌』では、単純に「官と民」の対立構造を描きたかったわけじゃなくて。官は官で自分たちの都合のいいように生きてますけど、民だってけっこういい加減な部分はあると思うんですよ。むしろ、その二つが激突したときの可笑しさみたいなものが伝わってくれればいいのかなと。まあダブルブッキングとは言わないまでも、きっとこの程度のことは、全国で毎日のように起こってるんだと思います。
脚本を読んだときはビックリしましたあの主任に“愛人”がいるなんてね(笑)
映画化のオファーをいただいた際は、非常に驚きました。新作落語を映画にしようと考えてくれる人がこの世にいるとは、正直、思ってもみませんでしたから。私の中では、この時点ですでに、カンヌでグランプリを獲ったのと同じ状況でして(笑)。しかもそれを今をときめくシネカノンに作ってもらえるなら、こんな嬉しいことはない。それより何より、どんな映画になるのか自分で興味がありました。というのも、私の頭の中で、すでに映画化の作業は終わってるんですよ。どのシーンをどういうアングルで撮るかとか、どこで誰のアップを入れるかとか、すべて決まっている。これは『歓喜の歌』に限らずどの新作落語についても変わりません。だけど、それはあくまで自分が演じるための映画化であって。スクリーン上の文法とは関係がないんですね。実際、最初に脚本を読ませてもらったときは驚きましたよ。あの主任が外国人ホステスに入れあげちゃってるなんて、そんなこと自分では考えてもみなかった(笑)。その他の登場人物も細かく肉付けされていて、一瞬「オイオイ、何が始まるんだ?」とドキドキするわけです。でも最後まで読み進むとにれが映画の脚本なんだなあ」としみじみ思った。落語にはまるで要らない部分が、映画には絶対必要だったり。両者の表現形式の違いもよく分かって、私自身勉強にもなりました。
落語には落語、映画には映画の楽しさ両方味わってもらえると幸せですね
落語でいちばん難しいのは、気持ちではなく状況や背景を説明することなんですね。道具もない舞台装置もない、共演者もいないなかで、すべて言葉だけで紡いでいかなきゃいけない。そうやってお客さまのイマジネーションだけを頼りにしてるからこそ、逆に心に響く部分も、もちろん大きいんですよ。「伝える」ということでは、映画にだってオペラにだって負けてないと、私は思っています。と同時に、映像でしか表現できない楽しさというのも、やっぱり存在している。例えば、私の「頭の中の映画」では、主任はつねに何か台詞を喋ってるんですね。もともと落語には、無音シーンというのがほとんど存在しませんからね。もちろん言葉の端々や微妙な所作などで、台詞には表れない背景や人柄なども漆ませるように工夫はしてますが、それでも黙ってお茶を啜ったり、一人ニヤニヤする表情は基本なかった。映画版の『歓喜の歌』では、松岡錠司監督と小林薫さんがそれをやってくれるわけでしょう。もちろん、その他の役者さんたちも含めて、原作者としてこれはもう興味津々ですよね(笑)。とはいえ、すっかり出来上がった完成版の試写を見せていただいたとき、最初は妙な心持ちがしたものです。家を出て行った子供を、柱の陰からそっと見守る親の心境−とでも言うんでしょうか。小さなギャグーつとっても「原作者である私が率先して笑うのはいかがなものか…」なんて、ヘンに周囲を気にしちゃったりしてね(笑)。ですが、そんな気持ちはすぐに消えてしまった。映画の世界に引き込まれた1人の観客として、主任さんの言動に呆れ、物語の成り行きにハラハラし、そして最後にはママさんたちの歌への情熱にしっかり泣かされてしまいました。それだけ映画版『歓喜の歌』が、落語とは別物の面白さ、魅力を獲得していたということだと思います。ですから、映画を観てから私のライブに足を運んでもらうもよし。すでに新作落語をご覧になった方は、逆のパターンもよし。映画と落語の違いを両方楽しんでいただけると、すごく嬉しいですね。
モノローグから映画的ダイアローグヘ、この翻訳作業が最大のテーマでした
落語という話芸によって完成された世界をそのまま1本の映画に移しかえた作品は、実はあまり例がないんですね。品川の遊郭を舞台にした『幕末太陽傅』(57年/川島雄三監督)は僕も大好きな名作ですが、あれも複数の落語のエピソードをつなげて物語を作っている。今回は、立川志の輔さんによる超一流のモノローグ(独白)の芸を、いかに映画というダイアローグ(対話)形式に落とし込むかが、大きなテーマだったと思います。
最初はとりあえず、落語に入っている要素を忠実にシナリオ化してみました。主人公・飯塚主任の台詞にも、志の輔さんが実際に高座で使われてる言い回しをそのまま生かして。まくらの話まで盛り込んでたんですよ(笑)。ただ、真辺(克彦/共同脚本)君と練りこむ過程で、落語の素材をそのまま使うのは難しいということが分かってきました。落語はやはり、目の前の人に直接語りかけることを前提とした芸術なんですね。聴衆の注意を引き付けつつ、ディテールは想像力に委ねて、トントン進んでいく。志の輔さんの場合、その「語る部分」と「委ねる部分」のさじ加減が絶妙なので、あたかも目の前で映画的な物語が展開されているように感じるわけです。
ただ、それを本当に映像化する際には、語られざる細部を一つずつ画にしないといけない。例えば落語版ではすべての場面が主任の視点によって描かれていますが、これを群像劇にする場合は、「ママさんコーラス」に参加している女性たちがそれぞれどんな人生を送っているかが非常に重要になってきます。それぞれの人生を切り取りつつ、彼女たちが大晦日公演にどう向かっていくのかを描く――。その意味では、両グループの主要メンバーに名前を付けて、それぞれの背景、抱えてる問題などを考えていく作業から、本当の意味での映画『歓喜の歌』は始まった気がします。
現代の世相を無理に盛り込むことが作品に力を与えるとは限らない
推敲の課程で強く感じたのは、落語の魅力である「社会風刺」には、あまり囚われすぎない方がいいということです。たしかに「官と民の対決」というのは魅力的な図式で、それを強調しながらストーリーを作っていく手もあったかもしれない。ですが個人的に、あまり極端にカリカチュアライズされた人間を描くことには興味が持てませんでした。むしろ普通の人々が織りなすドラマをオーソドックスに撮る方が、この物語には相応しい気がした。
いかにも小役人っぽい主人公だったり、あるいはセレブ奥さま風の敵役だったり(笑)。そういうインパクトの強いキャラクターに寄りかからずに、でも見終わった後には落語版と同じような温かさが心に残っている。そんな仕上がりが理想だと思ったんです。あるいはこれは映画監督としての僕の好みなのかもしれませんが…。
例えば「レディースコーラス」の造形などもそうですね。話の流れ上、一応上品な奥さまのグループという設定になってますが、実は単なる道楽で20年間歌ってきたわけではない。その要素をどこかに必ず盛り込みたかった。病室で「竹田の子守唄」を歌うというエピソードを加えたのも――あの話は、実際にリーダー役である由紀さおりさんが経験されてきたことを参考に書いたんですが――その思いがあったから。だからこそ、後半部分で2つのコーラスグループが力を合わせるというプロットも効いてくるんだと思います。反対に、安田成美さんが演じた「コーラスガールズ」の五十嵐リーダーについては、当初はもっといろんな問題を抱えている女性を考えていました。「元エリート金融マンだった旦那が職を失ってしまい、それを気に病みっつ健気にコーラスを続けている」とか(笑)。でも、これはこれでしっくり来ませんでした。安田さん本人からも「彼女は、夫がどんな境遇でも気に病んだりしない女性だと思います」という意見が出て。それで、ああいうフワッとしたキャラクターに落ち着きました。ですから由紀さんのリーダーシップが確立した「レディースコーラス」に比べて、「コーラスガールズ」は中心にエアポケットがあるような、風通しのよさがありますよね。そういう魅力的な持ち味を、結果的に安田さんがうまく引き出してくれたと思います。
作品のトーンを決めたのは小林さん“軽い”けれども深い、本当の喜劇演技。
ただし、作品のトーンを決めてくれたのは、やはり小林薫さんの存在感だったと思います。彼がふんだんに持ち込んだ喜劇的要素一風采や表情などが、映画の色をうまく形成してくれました。ギラギラとした原色ではなく、そこはかとなく温かい暖色って感じかな。喜劇的要素といっても、観客を無理やり笑わせようとする演技をしてもらおうとは思わなかった。今回、僕が小林さんに求めたのは、もう少し深みというか軽みのある笑いです。
言い換えれば「コメディアンではなく俳優がきちんと役を生きて、派手ではないが滋味のあるオカシミがにじんでくる」という、日本映画の黄金時代には当たり前に作られていた喜劇の在り方ですね。そういうコメディーって最近ではほとんど見なくなってしまいましたけれど…。例えば森繁久禰さんだったり、あるいは先はどの『幕末太陽傅』のフランキー堺さんなども例に挙げて、小林さんとはよく話をしました。小林さんも、脚本を読んだ段階でほとんど同じイメージを持たれていて。実際にどの場面でも「なるほど、この主任だったらきっとこうするだろうな」という演技をしてくれました。人物解釈がズレることはまずなかったし、演出していてもすごく楽しかった――噴き出すのを我慢するのが大変でしたが(笑)。
小林さんの主任像がいいのは、人間の曖昧な部分をちゃんと残してるんですね。例えば物語の後半、飯塚主任はママさんたちを救うために奮闘します。でも、だからといってイイ加減な生き方を「改心」したかというと、そこは微妙だったりするんですね。そうかもしれないし、口では「心を入れ替えます」と言いながら実はそんなに変わってない気もする。僕にも分かりません(笑)。でも考えてみれば、ずーっとダメな生き方をしてきた男が、一晩でいきなり生まれ変わっちゃうのは、いくら人情喜劇だといっても不自然な気がします。 おそらくこの主任は、自分の残り人生もある程度見えてしまって、「あとはどうやって時間を潰そうか」みたいな生き方をしてきたんだと思うんです。そんな男が、一瞬だけでも人のために夢中になった。あるいは翌日からは同じ人生に戻っていくのかもしれないけれど、彼のおかげで合同コンサートが開けたという事実は残るし、彼の中で確実に何かは変わっている。個人的にはそれで十分だと思うんです。 そういうささやかな変化を切りとることで、人間の持ってる愛らしさや可能性をそっと表現するというのが、僕が『歓喜の歌』という映画でやりたかったことかもしれません。
1951年9月4日生まれ。京都府出身。「状況劇場」での演技力が注目を浴び、映画、ドラマ、舞台、CM、ナレーションと幅広く活躍。おもな映画出演作に『それから』(85年/日本アカデミー賞・キネマ旬報最優秀助演男優賞)、『もののけ姫』(97年/ジコ坊役)、『コキーユー貝殻−』(98年)、『秘密』(99年/日本アカデミー賞優秀主演男優賞)、『阿修羅のごとく』『クイール』(ともに03年)、『紙屋悦子の青春』(06年)、『東京タワーオカンとボクと、時々、オトン』(07年)など。名実ともに日本映画界を代表する俳優の一人。おもなテレビドラマ出演作に「ふぞろいの林檎たち」(TBS)、「ナニワ金融道1〜4」(CX)、「あ・うん」(TBS)、「Dr.コトー診療所」(CX)など。08年は『休暇』、『たみおのしあわせ』。
1966年11月28日生まれ。東京都出身。『青春共和国』で映画デビュー後、高い演技力と清楚な魅力で、数々のドラマや映画、CMで活躍。おもな映画出演作に『犬死にせしもの』(86年)、『そろばんずく』(86年/ヨコハマ映画祭主演女優賞)、『光る女』(88年/報知映画祭・高崎映画祭主演女優賞)、『バカヤロー!』(88年)、『マリリンに逢いたい』(88年/日本アカデミー賞主演女優賞)、『大河の一滴』(01年/日本アカデミー賞主演女優賞)など。近年では「さいごの約束」(CX)、「松本喜三郎一家物語」(CX)とドラマスペシャルに出演。今作が久々の映画出演となる。
1983年11月25日生まれ。千葉県出身。01年、NHKドラマ「僕はあした十八になる」で放送文化基金金賞・男優演技賞および上海テレビ祭主演男優賞受賞。演技派として数々の映画、ドラマで活躍。
群馬県出身。子供の頃から童謡歌手として活躍、1969年「夜明けのスキャット」で歌手デビュー。爆発的ヒットによってスキャットブームを巻き起こす。代表曲に「手紙」「恋文」など。姉の安田祥子との童謡コンサートは公演回数2000回を超え、その活動に対して数々の賞を受賞。
東京都出身。TBSドラマ「時間ですよ」でデビュー。劇中歌でデビュー曲の「赤い風船」が50万枚を超える大ヒット。その後も「寺内貫太郎一家」(TBS)などでお茶の間の人気を博す。以後映画、ドラマ、舞台、バラエティ、CMと多方面で活躍。
品番:BIBJ-7659
発売日:2008.8.29 発売予定
スペック:カラー / 112分 / 片面2層 / 2枚組
価格:4,935 円(税込) / 4,700 円(税抜)
画面:16:9LBビスタサイズ
字幕:日本語字幕(聴覚障害者用)
音声:
1.日本語ドルビーデジタル5.0chサラウンド
2.日本語ドルビーデジタル2.0chステレオ
公開日:2008年2月 公開 (一般)
製作国:日本
製作年:2007 年
ジャンル:邦画
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