1944年、ナチス占領下のオランダ。美しいユダヤ人歌手のラヘルは逃亡の途中、ドイツ軍に家族を殺される。レジスタンスに救われた彼女は髪を金髪に染め、名前をエリスと変え、レジスタンス運動に加わる。やがて彼女はその美貌を武器にスパイとしてドイツ人将校ムンツェに接近。しかし、その優しさに触れ、ムンツェを愛するようになるのだった。レジスタンスの命令でドイツ軍諜報部に盗聴器を仕掛けた彼女だったが、ついに正体を見破られてしまう…。
『ロボコップ』『氷の微笑』『インビジブル』など独自の官能とバイオレンス表現により、ハリウッドでも常に異彩を放ってきたポール・バーホーベンが放つ7年ぶりの新作は渾身の戦争サスペンス。バーホーベンにとっては実に30年にわたって構想を練り、完成に漕ぎつけた一作。第二次世界大戦の終結が近い1944年のオランダを舞台に、レジスタンスとナチスとの間に起こる知られざる事実が、一人の女性の波乱に満ちた生涯とともに描かれる。バーホーベンがハリウッドではなく母国オランダで本作を製作したのは、ヨーロッパ現代史の暗部と正面から向き合い、自分の主張に沿った作品を撮る上で最もふさわしい環境を求めたからだった。完成した作品はヨーロッパ全土で絶賛され、オランダでは7週連続興行収入1位のメガヒットを記録。2006年のオランダ映画祭において作品賞、監督賞、主演女優賞の主要3部門を受賞した。
物語は大戦から十数年を経て、建国間もないイスラエルのキブツ(ユダヤ式共同体)で暮らしているヒロイン、ラヘルの回想とともに始まる。大戦末期、オランダの田舎に隠れ住んでいた彼女はナチスの迫害を逃れるために、連合軍がすでに開放した南方へ向かう脱出船に乗る。だが、ナチスの待ち伏せにあって家族や知人は皆殺しにされる。天涯孤独となった彼女はエリスと名を変え、レジスタンス活動に身を投じる。そして復讐を胸にスパイとしてナチス将校の愛人となる。しかし、いつしか将校に惹かれ始めるエリス。一方、レジスタンス内での裏切りにより、捕まった仲間の救出作戦が事前に敵に知れてしまう。彼女自身もまた二重スパイの疑いをかけられ、窮地に陥っていく。史実をベースにした作品とはいえ、そこはバーホーベン。起伏に富んだドラマを歯切れ良く展開させ、随所にエロスやバイオレンスを盛り込んで濃厚な娯楽映画に仕立てている。
『ブラックブック』を成功させた大きな要因が、ヒロイン役カリス・ファン・ハウテンの美貌と演技である。日本の映画ファンにはなじみが薄いが、バーホーベンは「これほど美しく、才能にあふれる女優はハリウッドにもいない。彼女の存在なくして『ブラックブック』は成立しなかった」と絶賛。恋に復讐に女の強さや図太さを存分に表現し、映画を輝かせる。相手役には『善き人のためのソナタ』での好演が光ったセバスチャン・コッホ。さらに謎解きもこの映画の魅力である。真の裏切り者は誰なのか。鍵を握るブラックブックには何が書かれているのか。「ナチス=悪」「レジスタンス=善」という単純な図式ではくくれない、歴史に隠蔽されていた真実をバーボーベンが見事に描き切る。

PROFILE
オランダで数々の名作を手がけた後、1985年にハリウッド進出。『ロボコップ』『トータル・リコール』『氷の微笑』『スターシップ・トゥルーパーズ』など次々にヒット作を発表。しかし『インビジブル』を最後に、自由な活動の場を求めて故国に戻る。1938年生まれ。
——今回はアメリカではなく、母国オランダで撮られたわけですが。
ポール 私はアメリカ文化に対して好感を持つこともあれば、批判もしてきた。でも、あの文化の中で真に思考することは叶わなかった。最近はすっかりスタジオの奴隷になっていたように思う。たとえ資金繰りに苦労しようが、自分の原点に帰り、映画人としての魂を取り戻すためには、オランダに戻ってこの作品をつくる必要があったんだ。
——なぜ『ブラックブック』を撮ったのですか?
ポール これは史実に着想を得たサスペンスだ。ストーリーラインはすべて実際にあった出来事に基づいている。私はあの時代の真実がどうであったかを、あっといわせる手法で描きたかった。白でもなく、かといって黒でもない、グレーというかたちでね。悪役のように振る舞いながら、実はヒーローということもあるし、その逆もあるというように。
——それでも娯楽作品であると強調されていますね。
ポール 映画というのは芸術とビジネスとが交錯する場だ。本来、相いれない両者をうまく結びつけることができれば、興行的にも成功するし、いつまでも作品は色褪せることがない。私も常にそれを目指している。大学教授からアルバイトの店員まで幅広い観客に訴え、しかも何十年も色褪せない作品をね。でも、私が知る限り、それを達成したのはデビッド・リーンだけだね。
——最初に脚本を読んだ印象を教えて下さい。
カリス読んですぐに傑作だと思ったわ。ストーリーが素晴らしいし、映画的なニュアンスに満ちている。しかも、私が演じるラヘルというヒロインの成長物語としてもよく書けている。是非出たいと思ったわ。
——ラヘルはどんな人物ですか。
カリス自分を守り、愛する男性を守ることのできる、とても真っ直ぐな女性。正真正銘のヒロインね。でも生身の人間。この役では、自分の中のくだけたところは抑えなければならなかったけど、ラヘルが強い女性だから演じ甲斐があったわ。
——ラヘルの人物像はレジスタンス運動に参加した複数の女性を下敷きにしているそうですが。
カリス彼女たちについて書かれた資料も読んだけど、途中で止めたわ。私が演じるのは100パーセント実在の人物というわけではないのだから。それで自分なりの解釈を加えることができたの。
——監督の演出はどうでしたか。
カリス俳優に十分な余白を与えてくれる人ね。つまり、演技は私の仕事なの。良くないと思ったときだけ、監督はそれを指摘し、何も言わないときはうまくいったということ。このやり方には慣れる必要があったわね。なぜなら、俳優は自惚れ屋で、心配性で、いつも安心を欲しがっているから(笑)。
PROFILE
演劇学校在学中から女優活動を始める。2001年劇場映画『ネコのミヌース』でオランダ映画祭の最優秀主演女優賞を受賞。その後は舞台にも活躍の場を広げ、数々の賞を受賞。次回作『Valkyrie(仮)』ではトム・クルーズとの共演でハリウッド進出が決定。今や欧州を代表する美人女優。1976年生まれ。


