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パッチギLOVE&PEACE

-- あえて続編を撮ったのは前作では語りきれなかった思いがあるということですか。

井筒 あれでケリがつくというような話じゃないですからね。終わり方も、ハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもない。あの時点での、ある断面を切り取っただけですから。たとえば、在日の若者はどういうふうに過去をひきずって生きてきたのか。第1作では、そのことはほとんど語られていないわけです。つまり、アンソンやキョンジャの生みの親はいつ、どこで生まれ、何をして、日本へやってきたのか。在日の人は日本人のことをよく知っているけど、日本人は彼らのことをまったく知らないでしょ。前作で語りきれなかったことはたくさんあります。

-- 時代は1968年から1974〜1975年に変わります。これも映画全体の空気を大きく変えています。

井筒 ちょうど僕たちが出発した年なんですね。僕たちは日本映画の初代インディーズ。大島渚さんや篠田正浩さんのインディペンデントとは違う。彼らはメジャーの中で造反を起こし、日本のヌーヴェルバーグといわれるような作家活動をした。僕らはそもそもメジャーな世界そのものと無縁だった。誰にも頼まれないところで勝手に映画を撮り始めたわけです。まぎれもないインディーズ。突然、高円寺の駅前でギター抱えて歌いだすのといっしょですよ。やかましかろうが、下手だろうが、それが、ごっつ面白かった。そういう時代とこの映画は重なっています。加藤和彦さんや北山修さんがいたザ・フォーク・クルセダーズに『青年は荒野をめざす』という曲があるけど、まさにそういうこと。在日も日本人も、誰もが社会という荒野を生きていくしかないんですよ。それがこの映画のテーマの一つでもある。

-- 舞台を京都から東京に移した理由も関係ありますか。

井筒 都市のもつ空気感というか、東京のほうが冷たい感じはしますよね。疎外感のようなものを表現するとき、関西より東京を舞台にしたほうがより明確になる。冷たい、孤立無援の土地に住んでいるという設定のほうが物語としては間違いなく面白い。

-- 孤立無援の主人公たちにとって、頼れるのは家族しかないわけですね。前作以上に家族という主題が濃厚です。

井筒 家族というのはこの映画の重要なテーマ。この時代、日本人は核家族という言葉に象徴されるように、どんどん家族が分散していく。だから、日本人家族を主人公に家族の絆を描くことはできないんですよ。それはリアリズムではなくなる。ちょうど僕らが映画を撮り始めた70年代半ばは、親と子が断絶していく時代でもあった。レッド・ツェッペリンの『コミュニケーション・ブレイクダウン』という曲が流行った頃だけど、まさにそんな時代だった。一方、孤立無援の在日の人たちは家族でまとまり、支え合わなければ生きていけないという宿命がある。苦境に立たされても励まし合って生きていく。それが本来の家族の姿ですよ。

-- アンソンはチャンスの治療費を稼ぐために裏社会の仕事に手を染め、キョンジャは芸能界入りし、家族のかたちが揺らぎ始めます。

井筒 まともな仕事はできないからアナーキーな道に入っていく。アンソンが限られた選択肢の中で前に進むにはそれしかなかった。キョンジャも同じですよ。芸能界に入っても、自分の出自を明らかにはできない。本名を隠すしかない。そういう日本の社会の差別に直面するわけです。どれも実際にあったことばかりだし、今もある。在日問題の縮図がそこにはあります。この映画を見てそういう現実を知ってほしいし、社会の有り方をもっと考えてほしいですね。

いづつ・かずゆき
75年、ピンク映画『行く行くマイトガイ 性春の悶々』で監督デビュー。81年『ガキ帝国』で監督協会新人奨励賞受賞。05年『パッチギ!』でブルーリボン作品賞他、多数の賞を受賞。代表作に『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』他。1952年奈良県生まれ。

商品詳細

STORY
1974年。京都に住んでいたリ・アンソンは難病に冒された息子チャンスの治療のために一家で東京に引っ越し、サンダル工場を営む叔父夫婦のもとに身を寄せた。アンソンの妹キョンジャはふとしたきっかけで芸能プロにスカウトされ、在日であることを隠してタレントの仕事を始める。一方、チャンスの病状はしだいに悪化した。アンソンは息子をアメリカで治療させようと、裏社会のヤバイ仕事に手を出すのだった…。

大ヒットした2005年の傑作『パッチギ!』の続編である。しかし、舞台は1968年の京都から1974年の東京へと移り、キャストも一新。単なる続編というより、新しい映画としての魅力にあふれている。もちろん、監督は井筒和幸。監督自身が「前作では描けないことが山のようにあった」と語っているように、さまざまなテーマとエピソードが折り重なり、面白さはさらに濃度を増し、主題はさらに深化した。前作でケンカに明け暮れる京都の高校生だったアンソンは叔父の工場を手伝いながら、難病の息子を救うために奔走。ついには元国鉄職員の友人と組んで裏社会の仕事に手を染める。妹のキョンジャは甥を救いたい思いと新たな世界への憧れから、小さな芸能プロダクションに入る。家族の絆はこの映画を貫く大きなテーマだ。やがてキョンジャには仕事が舞い込み始め、人気俳優とも親しくなるが、在日であることの壁に直面する。芸能界の裏事情を通して描かれるのは差別という名の残酷な現実だ。

大ヒットした2005年の傑作『パッチギ!』の続編である。しかし、舞台は1968年の京都から1974年の東京へと移り、キャストも一新。単なる続編というより、新しい映画としての魅力にあふれている。もちろん、監督は井筒和幸。監督自身が「前作では描けないことが山のようにあった」と語っているように、さまざまなテーマとエピソードが折り重なり、面白さはさらに濃度を増し、主題はさらに深化した。前作でケンカに明け暮れる京都の高校生だったアンソンは叔父の工場を手伝いながら、難病の息子を救うために奔走。ついには元国鉄職員の友人と組んで裏社会の仕事に手を染める。妹のキョンジャは甥を救いたい思いと新たな世界への憧れから、小さな芸能プロダクションに入る。家族の絆はこの映画を貫く大きなテーマだ。やがてキョンジャには仕事が舞い込み始め、人気俳優とも親しくなるが、在日であることの壁に直面する。芸能界の裏事情を通して描かれるのは差別という名の残酷な現実だ。

■ユリ・ゲラー
当時、テレビで「スプーン曲げ」などを披露し話題を呼んだ、自称・超能力者。オカルトブームの象徴的な存在。

■ブルース・リー
物語の前年『燃えよドラゴン』が公開され空前のクンフー・ブームに。チャンスが見にいくのは『ドラゴンへの道』。

■東十条
アンソンの従弟が通う「東京朝鮮中高級学校」の最寄り駅。1974年当時、駅周辺で朝高生と他校生の乱闘が頻発した。

■大磯ロングビーチ
当時「アイドル水中水泳大会」の収録場所として、ここのプールがよく使われた。キョンジャもこの番組でデビュー。

■がきデカ
「週刊少年チャンピオン」に連載された山上たつひこ原作の漫画。劇中に登場する「死刑!」のギャグもこの漫画から。

■GORO
1974年創刊の青年向けグラビア雑誌。篠山紀信の「激写」シリーズが有名。キョンジャも表紙モデルとして登場。

-- 2200人以上のオーディションの中から主演に選ばれたわけですが。

中村 前作の『パッチギ!』を観て、感動すると同時に、すごく悔しい気持ちになりました。なぜなら、あの映画に出ている役者の方々はみなさん輝いていたから。私にはそれがとてつもなくうらやましかったんです。井筒監督は厳しい方だと聞いていましたが、とにかく井筒映画の現場を経験したかった。続編があるらしいと情報を耳にしたときから絶対にオーディションを受けるつもりでした。もし出られるなら、ワンシーンだけの出演でも良かった。そんな嘘いつわりのない気持ちが通じたのではないかと思います。

-- 実際に経験した井筒監督の演出は厳しかったですか。

中村 初日から怒鳴られました。撮影中は見事にしごかれましたね(笑)。でも、井筒監督は昔ながらの大工の棟梁っていうのか、現場では厳しいけど、いったん仕事を離れればその人の人間性までしっかり見て、気遣ってくれる。確かに怒鳴られ、ボロカス言われ、心が折れそうになったこともあります。でも根本的なところでは井筒監督を信頼しきっていました。

-- 兄であるアンソン役の井坂俊哉さんはいかがでしたか。

中村 彼は私以上に追いつめられていて、見ている私もしんどくなるくらいでした。関西弁の苦労もあったし、5キロくらい痩せたみたいです。でも、お互いしんどい思いをしたから、兄妹の関係をリアルに演じられたと思います。

-- 中村さん演じるキョンジャは芸能界に入って水泳大会に出たり、グラビア写真に登場したりするわけですが。

中村 初めて仕事で水着を着ました。面白かったですよ。昔の「GORO」やいろんな雑誌を集めてもらって、ポーズなどもいろいろ研究して(笑)。グラビアの写真は映画の撮影に入る前に全部撮りました。

-- 中村さんの70年代ファッションも見どころです。

中村 まず観客のキョンジャに対するイメージを大切にしました。それと、焼き肉屋でバイトしている頃と、芸能界に入ってからではずいぶん着ているものも変わっていきます。サンダル一つまでリアルさにこだわっているので、その辺りのディテールもDVDでしっかり見てほしいですね。

-- 自分で一番気に入っているシーンは?

中村 クライマックスの舞台挨拶の場面ですね。あそこは、芸能界に入ってからずっと自分の出自を隠してきたキョンジャの心が解放される場面。芸能界で成功したいという夢と、甥であるチャンスの病気の治療費を稼がなければという思い……そんなギリギリのところで揺れ動いていた彼女が出した答えがそこにあるんです。すごいことを告白するシーンでもあるんですが、彼女の顔はそれまでで一番柔らかくなっている。それは彼女が一番大切なものに気づいたからだと思います。

-- 最後にこの映画のメッセージを中村さんの言葉で語ってください。

中村 今の日本でキョンジャたち一家のような暮らしをしている人はほとんどいないと思いますが、彼らはどんなに辛い生活の中にあっても、守るべきものをちゃんと持っているし、何が一番大切かをわかっています。それは人間としての誇りであったり、命の尊さであったり…。今の私たちは確かに豊かな生活をしているけど、何が本当に大切かを見失ってしまっている気がします。そういう大切なものが何かを気づかせてくれる映画です。もちろん娯楽映画としても素晴らしい。元気のない人にこそ観てほしいし、どんな人も観れば絶対に元気が出ると思います。

なかむら・ゆり
アーティストとして活動後、芝居に興味を持ち始め、本格的に活動の場を移す。 『パッチギ!LOVE & PEACE』は初の本格的主演映画。公開待機作の『天国からのラブレター』でも主演を務める。その他の出演作に『さくらん』『JUDA/ユダ』『東京フレンズ』等。 1982年大阪府生まれ。