Pictures

洋画
邦画
アニメ
バラエティ
その他
キラー・インサイド・ミー

もしもこの世に映画化されること自体が“大事件”というべきセンセーショナルな小説があるならば、ジム・トンプスンの「おれの中の殺し屋」は紛れもなくそのリストの上位に名を連ねるだろう。呪われた異端のノワール作家として名高いトンプスンが1952年に発表したこのクライム・ノヴェルは、ミステリーやハードボイルドといったジャンルにおいてはありふれた存在である“殺人鬼”というキャラクターを前代未聞の驚くべき観点で追究。

主人公の一人称で語られる戦慄の物語は、半世紀以上経った今もなお新たな読者をことごとく身震いさせ、あの恐怖の語り部たるベストセラー作家スティーヴン・キングに「間違いなくアメリカ文学の傑作であり、『白鯨』や『ハックルベリー・フィンの冒険』と肩を並べる作品である」と言わしめた。

『ひかりのまち』『イン・ディス・ワールド』『マイティ・ハート/愛と絆』などの現代イギリスを代表する名監督マイケル・ウィンターボトムも、トンプスンの危うくも奥深い世界の虜になったひとりだった。自ら映画化権の獲得に動いたウィンターボトムは、『ジェシー・ジェームズの暗殺』でアカデミー助演男優賞候補になった若手実力派俳優ケイシー・アフレック、そしてジェシカ・アルバ、ケイト・ハドソンという魅惑的なふたりのミューズの参加を得て、禁断の暗黒小説の忠実にして大胆な映画化に挑戦。かくして原作を知る人もそうでない人も、誰もが心底驚嘆せずにいられない究極の問題作『キラー・インサイド・ミー』が完成した。

それは突然の出来事だった。ハンサムで紳士的な保安官助手ルー・フォードの心の奥底で、悪魔のような殺人衝動が目覚めたのだ。そのきっかけは、若く美しい娼婦ジョイスとの運命的な出会い。ジョイスとの激しい情事に溺れるなか、地元有力者への復讐をもくろむルーは、完全犯罪を装って同時にふたつの殺人を犯す。しかし、それは前代未聞の怪事件の序章に過ぎなかった。周囲の疑いの目にさらされながら、彼はなおも新たな殺しを冷徹に遂行していく。やがてルーは幼なじみの愛人エイミーとの結婚を誓うが、彼の内なる衝動はまだまったく満たされていなかった……。

1950年代アメリカ西部ののどかな風景で幕を開ける『キラー・インサイド・ミー』は、冒頭5分余りのうちに観る者を凄まじいバイオレンス&セックスの世界に引きずり込む。渇いた映像に突如ただならぬ殺気が立ちこめたかと思うと、男と女の倒錯的なパッションがほとばしる愛の形を提示。そんな息を飲むほどスリリングな冒頭シークエンスの余韻も覚めやらぬうちに、主人公ルー・フォードのこのうえなく理不尽な凶行を映し出していく。

いったい、なぜ誰からも好かれる青年が、冷酷な連続殺人鬼に変貌してしまうのか。なぜ彼はこれ以上望みえない理想的な女性たちとめぐり合ったのに、その愛を手に入れた途端、どうしようもなく暴力的な行動に走ってしまうのか。劇中では“復讐”や“トラウマ”といったキーワードが示されるが、誰もがうなずけるような答え=理由はどこにも見当たらない。いっそのことルーが特殊な異常者ならば安堵できるのだが、それなりの良心と孤独ゆえに人を愛する気持ちを備えたこの青年は、奇妙なまでにリアルな存在感を漂わせ、観る者の胸をざわめかせ続ける。

ひょっとするとルー・フォードとは、切なる幸福を追い求める一方で、時に破滅的な衝動に駆られてしまう人間という不可解な生き物の本質そのものなのかもしれない。かくも人間の内側に横たわる漆黒の闇のまっただ中へと果敢に切り込んだヒューマン・ノワール、それが『キラー・インサイド・ミー』なのだ。
愛と殺人という完全に矛盾した欲望に執着するルー・フォードに扮したケイシー・アフレックの豹変演技もさることながら、その相手役を務めたジェシカ・アルバ、ケイト・ハドソンの体当たりの熱演も見逃せない。ふたりが演じるのはそれぞれ娼婦=バッドガール、教師=グッドガールという対照的な役どころだが、どちらも清濁両面を併せ持つ女性の神秘と魔性を体現した複雑なキャラクター。すでにハリウッド・スターとしての名声を得た二大女優が、リスクを恐れずに挑んだ“罪深き”ヒロインたちは、観る者にしばし忘れえぬ衝撃をもたらすに違いない。

この野心的な企画に取り組んだマイケル・ウィンターボトム監督は、脚本に『ストーン』のジョン・カラン、撮影監督に『CODE46』『マイティ・ハート/愛と絆』のマルセル・ザイスキンドといった気鋭スタッフを迎え、アメリカでのオールロケを敢行。さまざまな思惑が絡み合うなか破滅へと突き進む登場人物の運命を、ドライ&クールな眼差しで見すえた堂々たる演出力には、もはや名匠の風格すら漂う。映像化不可能と思われた原作小説の“驚愕の結末”を、見事にスクリーンに映し出したイマジネーションも圧巻というほかはない。

1950年代の西テキサス。田舎町セントラルシティの保安官助手ルー・フォードは、物腰が柔らかくて愛想がいいと評判の青年だ。29歳の彼は町で唯一の医師だった今は亡き父親の屋敷を相続し、エイミー・スタントンという幼なじみの女性教師との気ままな逢瀬を重ねている。油田の開発で潤った町の治安はそれなりに保たれ、ルーの日常も穏やかそのものだった。ジョイス・レイクランドという娼婦とめぐり合った、この日までは。

上司である年老いた保安官ボブから、ジョイスの売春行為に対する市民の苦情処理を任されたルーは、彼女の自宅に赴いた。ジョイスはルーを客と思い込んでリビングルームに招き入れるが、彼が保安官だと知るや突然気色ばみ、「薄汚いイヌ野郎!」と罵り出す。暴れるジョイスをベッドにうつ伏せに押さえつけたルーはベルトを手にし、彼女の尻を叩いた。ありったけの力で、何度も何度も青あざができるほどに。やがてルーが「悪かった」と詫びると、欲情したジョイスは自らキスを求め、ふたりは激しく愛し合う。このときルーの心の奥底で、20年間眠っていた悪魔のような衝動が目を覚ました。

これ以来、ジョイスとの情事が日課になったルーは、彼女から思わぬ話を持ちかけられる。ジョイスに夢中になっているエルマー・コンウェイを引っかけ、金をむしり取ろうというのだ。金持ちのボンボンのエルマーは、ルーの元同級生である。そして彼の父親チェスターは地元建設業界を牛耳る顔役で、6年前にルーの義兄マイクをあの世送りにした疑いのある人物だ。マイクを実の兄のように慕っていたルーは、遠い昔の忌まわしい出来事を思い出す。ルーが少年時代にある重大な罪を犯したとき、マイクが彼の身代わりとして感化院に入ってくれたのだ。

復讐の念に駆られたルーは、チェスター&エルマーのコンウェイ親子を罠にはめる準備を手際よく整え、作戦決行当日の夜、エルマーよりひと足早くジョイスの家を訪れた。そして自分が惚れ込んだ女であり犯罪の相棒でもあるはずの彼女の顔面に、突然痛烈なパンチを浴びせる。「すぐ終わる。すまない。愛してる」。そう囁きながらジョイスが息絶えるまで容赦なく殴り続けたルーは、何も知らずにやってきたエルマーを射殺し、その拳銃をジョイスの手に握らせた。すべてはルーの思惑通りだった。

しかしジョイスとエルマーの“相討ち”を偽装したルーの完全犯罪は、想定外の方向へと転がり出す。何とジョイスが意識不明ながらも、奇跡的に命を取り留めていたことが判明。さらに事件を担当する腕利き検事ハワードがルーに疑いの目を向け、ルーとチェスターの因縁を知る建設組合長ロスマンも意味深な言動でルーを苛立たせる。まもなくジョイスは移送先の病院で息を引き取ったが、ルーの脳裏にはまたもトラウマが甦った。それはまだあどけなかった頃、自宅に出入りしていた若い家政婦との淫らな関係。この家政婦こそが、ルーのその後の人生を狂わせるきっかけとなった初めての“女”だった。

なおも事態は意外な展開を見せていく。事件の容疑者として、ルーもよく知る地元の若者ジョニーが逮捕されたのだ。裁判所の薄暗い拘置室に出向いたルーは、このままジョニーに罪を被せることにし、首吊り自殺に見せかけて彼を殺害した。ところがルーが以前ヤケドを負わせた流れ者の男が自宅に現れ、犯罪の口封じ代を要求されるという新たな難題が持ち上がる。それからルーはジョイスのことを思い出しながら、毎日のように愛人エイミーとベッドで戯れ合い、つかの間の心の安らぎに浸るのだった。
かくして流れ者の男に金を渡す日がやってきた。またこの日は、結婚を誓い合ったエイミーに駆け落ちを実行しようと約束した日でもあった。すでにジョイス、エルマー、ジョニーを殺したルーは、もうとっくに決意を固めていた。自分の内なる衝動に従って、さらなる殺人を重ねることを……。

1975年、マサチューセッツ州生まれ。1988年のTV映画「レモン色の空」でデビューし、1990年代半ばから兄ベン・アフレックとともに俳優としての活動を本格化させる。『誘う女』(95)、『チェイシング・エイミー』(97)、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)、『200本のたばこ』(98)、『ノンストップ・ガール』(00)などを経て、豪華キャスト映画『オーシャンズ11』(01)に出演。『GERRY ジェリー』(02)では初めて出演と脚本を兼任した。近年は『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)で賞レースを賑わせ、全米批評家協会賞・助演男優賞に輝くなど、演技派としての評価を高めている。そのほかの主な出演作は『オーシャンズ12』(04)、『リターン・トゥー・マイ・ラヴ』(05・未)、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(07・未)、『オーシャンズ13』(07)など。

1979年、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。女優ゴールディ・ホーンと歌手ビル・ハドソンを両親に持ち、『200本のたばこ』(98)で映画デビュー。ロックバンドのグルーピーに扮した『あの頃ペニー・レインと』(00)で絶賛され、ゴールデン・グローブ助演女優賞を受賞、アカデミー助演女優賞候補となり、一躍トップ女優の仲間入りを果たした。その後も順調にキャリアを積み重ね、『サハラに舞う羽根』(02)、『ル・ディヴォース/パリに恋して』(03)、『あなたにも書ける恋愛小説』(03)、『10日間で男を上手にフル方法』(03)、『プリティ・ヘレン』(04)、『スケルトン・キー』(05・未)、『フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石』(08)などに出演。ミュージカルに挑戦した『NINE』(09)でのゴージャスな魅力も記憶に新しい。

1981年、カリフォルニア州ポモーナ生まれ。13歳の時に『僕たちのサマーキャンプ/親の居ぬ間に…』(94・未)で映画デビューし、TVシリーズ「シカゴホープ」「フリッパー」や『25年目のキス』(99)などに出演。2000年にジェームズ・キャメロン製作総指揮のSFシリーズ「ダーク・エンジェル」の主演女優に抜擢され、世界的な脚光を浴びた。その後もSFアクション『ファンタスティック・フォー[超能力ユニット]』(05)、その続編『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』(07)やラブ・コメディ『噂のアゲメンに恋をした!』(07)などで人気を博している。そのほかの主な出演作は『イントゥ・ザ・ブルー』(05)、『シン・シティ』(05)、『幸せのセラピー』(07)、『アイズ』(08)、『バレンタインデー』(10)、『マチェーテ』(10)など。

1969年、オーストラリア・タスマニア州生まれ。母国のTV俳優としてキャリアを積んだのちにハリウッドに渡る。主な出演作は『L.A.コンフィデンシャル』(97)、『レッド・プラネット』(00)、『マリー・アントワネットの首飾り』(01)、『ランド・オブ・ザ・デッド』(05)、『ザ・リング2』(05)、『プラダを着た悪魔』(06)、『下宿人』(09・未)など。2008年スタートのTVシリーズ「THE MENTALIST メンタリストの捜査ファイル」の主演も務めている。

1953年、ニューヨーク州生まれ。大学時代に演劇の道を志し、『殺したい女』(86)で映画デビュー。大統領役を演じた『インデペンデンス・デイ』(96)からデヴィッド・リンチ監督作品『ロスト・ハイウェイ』(97)まで振れ幅の大きなフィルモグラフィを誇る。そのほかの主な出演作は『めぐり逢えたら』(93)、『甘い毒』(94・未)、『あなたが寝てる間に…』(95)、『キャスパー』(95)、『エンド・オブ・バイオレンス』(97)、『サベイランス』(08)など。

1937年、ケンタッキー州生まれ。演劇界でキャリアをスタートさせ、ジョン・ブアマン監督の『脱出』(72)で映画デビュー。『ネットワーク』(76)ではアカデミー助演男優賞候補に。そのほかの主な出演作は『白熱』(73)、『大統領の陰謀』(76)、『スーパーマン』(78)、『1941』(79)、『ヒア・マイ・ソング』(91)、『キスへのプレリュード』(92)、『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』(07)、『トイストーリー3』(10/声)など。

1961年、カナダ・モントリオール生まれ。1980年代後半から数多くの映画、TV作品に出演し、アトム・エゴヤン監督作品『エキゾチカ』(94)やデヴィッド・クローネンバーグ監督作品『クラッシュ』(96)で強烈な存在感を発揮。近年も『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(08)、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』(09)、『THE 4TH KIND フォース・カインド』(09)、『シャッター・アイランド』(09)といった話題作に出演している。

1961年、イギリス・ランカシャー州生まれ。オックスフォード大学で英文学を専攻したのちに、ブリストル大学で映画制作を学び、TV業界に進む。カルト的な人気を得たミステリー・シリーズ「心理探偵フィッツ」などの演出を手がけ、女性ふたりの破滅的な愛の行方を追った初長編映画『バタフライ・キス』(95)を発表。難病に冒された青年とその恋人の試練を描いた同年のTV向け作品『GO NOW』(95)も劇場公開され、映画監督として順調なスタートを切った。

その後はトマス・ハーディ原作の文芸ロマン『日蔭のふたり』(96)、ボスニア紛争を題材にした『ウェルカム・トゥ・サラエボ』(97)、ノワール調の異色ラブ・サスペンス『アイ・ウォント・ユー』(98)、軽やかなロマンチック・コメディ『いつまでも二人で』(99)、マイケル・ナイマンの音楽をフィーチャーした愛の物語『ひかりのまち』(99)、アメリカ西部を舞台にした壮大なドラマ『めぐり逢う大地』(00)といった多彩なジャンルの作品に挑戦。折しも不況を脱したイギリス映画全体が、1990年代半ば頃から活気を取り戻した流れに乗り、日本でも最も高く評価されるイギリス人監督のひとりとなった。

21世紀に入ってからも一作ごとに新たなテーマ&演出スタイルに果敢に挑み、難民問題に触発されたドキュメンタリー・タッチのロードムービー『イン・ディス・ワールド』(02)、1970年代後半から1980年代にかけてのマンチェスターの音楽シーンを再現した『24アワー・パーティ・ピープル』(02)、上海ロケを行った近未来SF『CODE46』(03)、官能的なラブ・ストーリー『9 Songs ナイン・ソングス』(04)、ローレンス・スターンの奇書を下敷きにした『トリストラム・シャンディの生涯と意見』(05・未)を発表。

さらに、ごく普通の若者3人が悪名高きグアンタナモ収容所に監禁された衝撃実話の映画化『グアンタナモ、僕達が見た真実』(06)で絶賛され、ブラッド・ピット製作、アンジェリーナ・ジョリー主演のハリウッド映画『マイティ・ハート/愛と絆』(07)を監督。それに続いて、母親を亡くした家族の喪失と再生の物語『Genova』(08・未)を手がけた。大胆かつ柔軟な発想で、問題意識の強い社会派作品からパーソナルな視点の人間ドラマまでこなす現代イギリス屈指のフィルムメーカーである。

Content on this page requires a newer version of Adobe Flash Player.

Get Adobe Flash player

『キラー・インサイド・ミー』の主人公ルー・フォードという複雑な殺人鬼の感情に、どのようにして切り込んでいったのでしょうか。

A:原作小説の中盤では、数ページにも渡って登場人物を心理的に説明している箇所があります。幼少期に父親から虐待を受けているルーもまた被害者なのです。ジム・トンプスンは、父親からの性的虐待や暴力がどのようにルーを抑えつけてきたか、という部分を生々しく表現しています。こういった医学的かつ精神的な描写をするのはいいのですが、正直なところ私はこの部分に興味を持ったわけではありません。

私にとって興味深かったのは、トンプスンが“人は破壊する”という観点でこの世界を描いていることでした。すなわちそれは、すべてを心理学的に説明することはできない、ということなのです。なぜなら、こういうことは“ただ起きてしまう”ということでしか説明できないのです。人は失敗するし、人は人生を破壊する。人はどんな理由であれ、破壊的な生き物なのです。つまりトンプスンは、この世界のある事実を描写しただけです。それを説明しようとする必要はなく、「ただ、これが事実ですよ」と見せるだけでいいのです。

ルーというキャラクターの魅力はどこにあるのでしょうか。

A:相思相愛の幸せそうに見える女性でさえも、破壊してしまうという不可解な行動をとる部分です。この一見“愛なるもの”が引き金となり、すべてを破壊し、人を殺してしまう。多くの人たちが、自身の中にも似たような感情を持っているのではないでしょうか。人は多かれ少なかれ、自己を破壊します。ルーは現実世界に起こりうることの、さらに激しいバージョンだと言えるでしょう。

観客のどのような感情を刺激したかったのでしょうか。

A:すべての観客にまったく同じ感情を与えるような映画は、好きではありません。ストーリーを語るうえでトンプスンの何がすばらしいかというと、ペースを作りつつ、楽しめる瞬間やキャラクターたちを構築しているところです。私はこの映画が小説と同じような要素を含んでいることを望んでいるので、観客それぞれにルー・フォードに対して違う感情を持ってほしいですね。

ルーは殺人鬼です。しかし物語の中の人々は、皆が彼のことを愛しています。この話の魅力のひとつに、ルーが殺そうとする人々でさえ、彼のことを信じられなくなったとしても、彼のことを愛してしまっているという点があります。だからこそルーは小説の中で信じられないほど複雑で、興味深いキャラクターになっており、それこそがこの映画で私が達成したかった目標でもあります。

これまでの映画史の中で、殺人鬼や精神異常者の話は何度も興味深いものとして扱われてきました。この点についてどう思いますか。

A:とてもドラマチックな題材だと思います。(殺人鬼や精神異常者を扱った物語は)とても極端な世界であり、セックスと暴力に満ちあふれ、遊びや本や映画といった人々を魅了するような製品の一種であるとも言えます。新聞でさえ、そのような話であふれていますよね。 人々は自分自身の人生を投影できるような極端なバージョンの話に興味を引かれるのです。と同時に、ルー自身や、ルーとジョイス、ルーとエイミーの関係について感じることは、複雑に入り混じった感情だったり、虚無感だったり、捨て去られた愛情への可能性だったりします。これは、とても叙情的な話なのです。この映画では単に暴力についてだけでなく、破壊されたものの美しさの可能性をも描いています。

これはネオ・ノワールやサイコ・スリラーともいえる作品ですが、監督自身はどのように定義していますか。

A:この小説のすばらしいところは、信じられないほど楽しく読める一大エンターテイメントであり、ダークで、セクシャルで、暴力的なストーリーだということです。私の映画もそのように楽しんでもらえるといいですね。
しかし同時に、そこには複雑に入り組む考えや野心と繋がる何かがあるように思えます。例えば社会に対する考え、自分自身に対する考え、また他人とどう関わるか、他人同士がどのように振る舞っているのか、人が社会や人間関係でどのように破壊されるか、などについてです。ですから私が望むのは、この血にあふれたテンプレート(自分の映画)が観客に人生の何かを気づかせてくれればということです。また、この物語はある女性と暴力的な男性の話だけではなく、社会や自分自身の人生について考えさせられるものだと思っています。

いったいどのような要素がこの映画を強烈な作品にしたと考えていますか。

A:小説を読むと、ルーによって完全に破壊される悲劇、愛や友情の可能性、美などが心に残ります。彼は人を引きつけますが、とても孤独で自意識が強く、いつも物足りなさを感じています。しかし、周りの人々は彼を愛しているのです。私にとっては小説を読んだ後に残されるこのような感情こそが、この物語を映画化したいと思うきっかけになったのです。

ルーを演じるうえで、観客の共感を得ることは狙いませんでした。現実社会の人間と同じような複雑さを持ち合わせているキャラクターとして演じることを心がけたのです。どれだけルーが共感が得られるかは、観客の心、洞察力、感受性の深さによるでしょうね。

役作りから離れることは、さほど大変ではなかったですよ。その負担を軽減してくれる環境がありましたからね。現場では、暴力的なシーンを撮り、次にやや暴力的になるようなシーンを撮り、ラブシーンを撮って、また別のシーンを撮る……というような撮り方だったので、一日の終わりにはひとつではなくさまざまな感情が残ったんです。 ルーがジョイスに最も惚れた理由は、彼女がルーの本当になりたかった自分にさせてくれたからだと思います。偶然、ルーはジョイスに出会い、長い長い間閉じ込められていた感情を引き出されていきます。いったん表に出た感情はルーをとても心地良くし、彼女から離れられなくなってしまう。しかし彼は先がないことも感じていて、自分自身のコントロールを失っていく。だからルーは、ジョイスを殺さなければと感じてしまうのです。

ジェシカとの暴力シーンの撮影は、思っていたほど難しくありませんでした。彼女は役柄に入り込んでくれたし、暴力を限りなく現実的に見せるために何でもしようという姿勢でしたから。それは僕にとってもやりやすい状況でした。

当初脚本を渡されたとき、私はエイミーを演じることになっていました。でも私はジョイスの役のほうが好きだったんです。バッドガールを演じるのは、とても楽しいことだから。しかしジョイスが本当のバッドガールとは思いません。ジョイスはとても悲しい人で、彼女がルーの殺人鬼である一面に火をつけてしまった、という悲劇的なラブ・ストーリーの側面が好きなんです。

1950年代では自立した考えを持つ強い女性には、ほとんど選択肢がありませんでした。結婚してその後の人生を幸せに過ごすか、もしくは結婚しないかだったのです。ジョイスは冒険心があり、答えを持たないことが好きだった。また人々はセクシャリティの善悪を決めたがりますが、多くの女性が男性の目を引くためにセクシャリティを使っています。ジョイスがそうではなく、もっと難しい道を選んだことには、ある意味感心させられますね。

私は演じる人物の職業を細かく分析しようとは思わないし、それが役の魅力に繋がるともまったく思いません。アネット・ベニングの『グリフターズ』、エリザベス・シューの『リービング・ラスベガス』、マリサ・トメイの『レスラー』と比べてみてください。それらは多くのヌード・シーンがあります。しかしそれは悲しさだったり、暗闇だったり、人間らしさなのです。人は皆、人間らしさで繋がって生きている。また人は皆、愛されたいという欲望だったり、誰かもしくは何かの一部として必要とされたいと思っている。その人間らしさの深さが、よい演技や興味深い役どころに繋がるのだと思います。

エイミーというキャラクターをどう理解するか、ということに面白味を感じました。彼女は明るくて幸せで完璧な教師であり、すべてを持ち合わせている良家の女性です。しかし奥底に潜む自暴自棄な本当の彼女は、ルーという男に愛されたくてたまらない。彼女はとても脆い女性なんです。

俳優は時々その役柄と実際の人生の境界線が、わからなくなることがあると言われます。だからこの人はどういう人物か、どこが自分と似ているかということを、いつも明確に把握するようにしてます。今回のエイミー役に関しては、出来る限り現実味があるようにするため、若干不快なものでもそこに自分を近づけるしか方法がなかったんです。エイミーの住む完璧な世界は、サド&マゾヒズムだと思います。エイミーにはそのような要素があり、それが彼女の人生には必要だったのではないでしょうか。

ウィンターボトム監督の現場は、セットへの人の出入りがとても厳しく制限されていたのでやりやすかったですね。また通常は、すべてが脚本通りに進んでいるかを確認するスタッフがいるのですが、監督はその係を付けなかったので、結構自由にさせてもらいました。そのおかげでキャラクター間の親密さを引き出すことも出来たと思います。 セクシャルな場面については、相手役が旧知の仲のケイシー・アフレックだったことにとても感謝しています。(セックスの一環で)ぶたれるなんて信じられない、と自分自身に問いかけましたが、相手役がケイシーだったことと、少人数のセットでの撮影だったことが演技をやりやすくしてくれました。

品番:BBXN-1054
発売日:2011/09/02
価格:4,700円(税抜)
画面:16:9 スコープ・サイズ
字幕:日本語字幕
音声:オリジナル<英語>ドルビーTrue HD5.1ch
公開日:2011年04月公開
製作国:米/スウェーデン/英/加
製作年:2010

【映像特典】
●インタビュー集(ケイシー・アフレック/ジェシカ・アルバ/ケイト・ハドソン)
●劇場予告篇(日本版 / オリジナル版)
●キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)
●フォトギャラリー(静止画)


商品詳細

品番 BBBN-1055
発売日 2011/09/02
価格 3,800円(税抜)
画面 16:9LB スコープ・サイズ
字幕 日本語字幕
音声 オリジナル<英語>5.1chドルビーデジタル
公開日 2011年04月公開
製作国 米/スウェーデン/英/加
製作年 2010

【映像特典】
●インタビュー集(ケイシー・アフレック/ジェシカ・アルバ/ケイト・ハドソン)
●劇場予告篇(日本版 / オリジナル版)
●キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)


商品詳細